こんにちは!
NTTからの接待問題が週刊誌で報じられた谷脇康彦総務審議官について、会食は事実と確認されたとして、大臣官房付に異動させる事を発表し、話題となっています。
この谷脇康彦氏とは一体どのような人物なのでしょうか?
今回は、谷脇康彦の家族(妻,子供)は?学歴(高校,大学)や経歴も調査!についてまとめていきたいと思います!
是非最後までご覧ください。
目次
谷脇康彦のプロフィール・経歴
https://twitter.com/Yuh_artisan/status/1368776703825248259?s=20
名前:谷脇康彦(たにわきやすひこ)
生年月日:1960年9月11日
年齢:61歳(2021年3月現在)
出身地:愛媛県松山市
趣味:音楽、ミステリー水泳、ジョギング、温泉
経歴:
谷脇康彦氏は現在61歳、愛媛県松山市出身です。
1984年4月に郵政省入省を機に、OECD事務局ICCP課を経て、郵便貯金畑から情報通信分野に転じ、NTTグループ再編などを担当されました。
その後、郵政大臣秘書官等を経て、基礎的電気通信役務制度の創設や電気通信事業紛争処理委員会の設置などを担当されています。
2005年より総務省に復帰され、「新競争促進プログラム2010」や「モバイルビジネス活性化プラン」の策定にあたり、SIMロック解除、携帯電話インセンティブの廃止、仮想移動体通信事業者の新規参入などの施策を行い、業界では「谷脇不況」とも称されました。
2013年に内閣サイバーセキュリティセンター副センター長を経て、2016年より総務省情報通信国際戦略局長就任。
2019年より総務審議官を務められ、次期総務事務次官候補とされていましたが、2021年2月24日、東北新社役職員による総務省幹部接待問題に関与していた事が発覚し、国家公務員倫理規規定に違反したとして、減給の懲戒処分を受けます。
更に、菅主相の長男を含む東北新社側から4回にわたる会食で飲食代やタクシー券、手土産など計約11万8000円の接待を受けていた事も発覚し、3月8日付で総務省大臣付に更迭されています。
谷脇康彦の家族(妻,子供)は?
谷脇康彦氏の家族(妻,子供)について調べてみました。
すると谷脇康彦氏が2010年から運営しているブログ「タニワキ日記」にて家族の事が書かれていました。(現在は非表示になっています)
谷脇康彦氏は妻、息子、娘の4人家族である事が分かりました。
2005年のブログにて、息子さんは、ワシントンDCの野球チームに入っていて、娘さんも、ワシントンDCのハイスクールに通っていたみたいです。
谷脇康彦氏は2002年から外務省在アメリカ合衆国日本国大使館ICT政策担当参事官をされていた事から、その間家族も一緒にワシントンに住んでいたようですね。
息子さんや娘さんの年齢は不明ですが、当時娘さんはハイスクールに通っていた時から16年経っているので、30歳は超えていると思います。
息子さんの年齢もそれに近いのではないでしょうか。
谷脇康彦の学歴(高校,大学)について
谷脇康彦氏の学歴(高校,大学)について調べてみました。
出身高校については地元愛媛県にある「愛光高等学校」を卒業されていました。
愛媛県では1番偏差値が高く、併設型中高一貫の私立高校で、カトリック聖ドミニコ修道会による創設です。
国内有数の進学校であり、中高一貫校教育、寮完備による全国規模での生徒受け入れ毎年20人前後の東大合格者も出ているようです。
また、医学部医学科への進学希望者の多さも特徴の一つで、生徒の3分の1が医学部を目指し、近年はコンスタントに90人を超える生徒が医学部に合格されているようです。
以上の事から、谷脇康彦氏は高校時代からエリートへの道を歩んで来た事が分かりますね。
出身大学については東京都「一橋大学経済学部」を卒業されていました。
偏差値は67.5とこちらもかなり高いです。
経済学といっても、経済史、マクロ経済、計量経済、厚生経済、金融工学などその種類は多岐に及び、その為、まず一年次で経済学の基礎を学び、二年では様々な経済学分野に触れて、自分の興味に合うものを探す方が大半のようです。
そして三年からは選考する経済学のゼミに入り深い学習を行う方もいるようです。
まとめ
今回は、谷脇康彦の家族(妻,子供)は?学歴(高校,大学)や経歴も調査!についてまとめさていただきました。
谷脇康彦氏は妻、息子、娘の4人家族でした。
年齢的にどちらのお子さんも結婚されてるかもしれません。
学歴については、「愛光高等学校」卒業後「一橋大学経済学部」に進学し卒業されていました。
学生時代からエリートの道を歩んで来られた方でしたが、総務省幹部接待問題に関与していた事の発覚は大きな痛手となりそうです。
これからも谷脇康彦氏の活躍に期待し応援していきたいと思います!
最後まで見ていただきありがとうございました。